夢もない希望もないあるのは現実
あたいがボロボロにへこんで
ドカンと落ち込む時
聞く音楽は
yumingの「コンパートメント」なんだよね
むしろ悲劇のヒロインとなって落ち込んで
ほろほろ泣いてしまった方が
むしろすっきりするわけで…
気がめいっている時に
何もかも投げたしたくなるときに
前向きな曲を聴くとかえってやりきれない
応援ソング的な曲を作るアーチストが増えているのは
むしろシリアスな現実に向き合いたくないのか?
昨日の「深イイ話」を見てふと思ってしまった
もう応援ソングはたくさんである。
こんな閉塞した世の中
夢もない
希望もない
あるのは現実だけなんだ