「顔が利く」という勘違い
昨日のニュースの続きですが
なぜ某国の副主席は
ギリギリになってなんで「日本の天皇に会いたい」
と言い出したのか…?
という素朴な疑問。
某国に限らず
社会主義国ほど
党のご意向という何とも不確かなものに翻弄される
党の許可がなければ申請も許可も
出しても音沙汰なし
しかし袖の下さえあれば
党幹部の許可の紙切れ一枚がいただけ
話がすいすい進むって話を聞いたことがある。
某国の高級幹部もこんな社会主義的感覚で
「おれは日本の民主党に顔がきくんだぜ」ってひけらかしたかったのか?
でもこの「顔が利く」って感覚
何とも封建的でマチスム(ラテン社会で言う男性優位主義)的なやり方じゃない?
日本でも中高年の男性ほど
「なれなれしい」「厚かましい」「ずうずうしい」のを
「おれは誰とでも親しくする気さくな人間だ」
「おれは顔が広い。いろんなところに顔が利く」
と勘違いしている困ったおじさん・おじいさんは多い
こういう人たちは裏を返せば
「自分が特別扱いされないこと」に対して
駄々っ子のような反応をする幼稚さを持っている
でも実は陰でクレーマー扱いされているのを知らないんだろうね。
まあその意味では官僚たちの「前例がない」「規定がある」という方が
現代的で文明的なのかもしれないけど。
某国には「無理を通せば道理引っ込む」という言葉はないのかな?